2013年12月11日

水に関する至言・卓説集 第10選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第10弾。

今日は最近読んだ水や川に関わる本から紹介させて頂きます。

◆「川と国土の危機――水害と社会」(高橋裕 P87)

こま切れされた川の物理現象に満足せず、川を毎日のように眺め、川縁に集まった人々の歓声を脳裏に畳み込むことによって、その川のこことを知り、川が何を言おうとしているのか、その川を聞けて初めて、川への愛は芽生え、それに裏づけされた河川計画が樹立されるに違いない。

◆「川と国土の危機――水害と社会」(高橋裕 P88)

川の物理的、歴史的、地域的特性の理解を深めることこそ、川の個性とこころを知る扉である。それが川の自由を最低限尊重した上で、川との共存を求める道である。

◆「川の文化」(北見俊夫 P17)

川の姿の変遷は、その流域住民の生活の移り変わりを、ほとんどすべての面について、よく映し出してくれる。

◆「川の文化」(北見俊夫 P20)

川の流域は、人間が自然との葛藤の中で、どのように対立し、あるいは融合してきたのかをみるうえで、最適な場所といえよう。歴史の膚へ文明の足跡を深く刻み込んできた川は時代によって異なった目的に利用され、その一々の用途についても細かい時代差が反映している。

◆「水の文化史」(富山和子 P40)

舟運から鉄道への転換は、日本人の土地利用を大きく変えさせる一大転機であった。のちに見るようにこのときから治水の技術も思想も一変し、日本人の自然に対する発想や価値観までが変わり、やがて今日の水問題を発生させるのである。

◆「水の文化史」(富山和子 P114)

河口は、その川の支流のまた支流の、そのまた枝葉のように別れた谷川の木の葉の一しずくの水滴から、その水を使っては吐き出してきた人間と大地の営みの一切を内に秘めて迫ってくる。大都市の雑踏で流される人々の涙まで、しっかりと抱いて流れて行く場所である。

◆「水の文化史」(富山和子 P290)

水を通して歴史をふりかえることの、なんと明快なことだろう。歴史を通して大地を捉えることの、なんど壮大なことだろう。水の運動は純粋に物理的である。それゆえ水に即して人と大地とのかかわりをあとづけていくならば、今日の姿に国土の形成されてきた過程が、立体像として浮かび上がってくる。
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2011年09月03日

水に関する至言・卓説集 第9選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第9弾。

今日は最近読んだ水や川に関わる本から紹介させて頂きます。

◆「川跡からたどる江戸・東京案内」(菅原健二 P2)

川を泳いでわたった時代から舟でわたる時代、橋が架けられ歩いてわたった時代、橋の上を自動車で通る時代と、川を取り巻く社会環境は時代とともに大きく変わる。だが、川が人々との生活に深くかかわりをもち、その地域の歴史とともに今日にいたっていることもまた事実だ。

◆「タイの水辺都市」(庄司旅人 P40)

川はタイ語で「母なる水」と表現される。住環境の違いはあっても、人びとの生活は決して水から遠ざかることはない。むしろ積極的にそれを日常に取り入れようとする。かつて水が豊富で水辺に華やかな都市を築いてきた日本に生きるわれわれが、タイから学ぶことは多い。

◆「川」(井上靖 P9)

私が川が好きだといふのも、川といふものはどんな川でも、みな海へ出ようとする一途さを持っているからでせうか。人間でも川のやうな一途な流れをその経歴に持つている人は立派ですな。

◆「水が世界を支配する」(スティーブン ソロモン P12)

水がもたらした大躍進(ブレイクスルー)は人類の歴史を幾度となく変えてきて、いまの世界のどこかで進行中だ。水は昔から、大国の興亡や国際関係、政治経済機構の性質、そして庶民の日々の暮らしを左右してきた。

◆「水が世界を支配する」(スティーブン ソロモン P13)

水の富を支配しようと、人びとは絶え間なく、政治や軍事、経済の争いを繰り広げてきた。水のまわりに都市を築き、水で物質を運び、水の潜在エネルギーを様々な形に変えて使い、水を農業や工業に、政治の駆け引きに利用してきた。

◆「水が世界を支配する」(スティーブン ソロモン P15)

水の危機に革新的な方法で対応する道を見出した社会は勝者となり、そうでない社会は後れをとる。文明は、エネルギーと食糧、気候変動と切っても切れない関係にある「水」によって形づくられる。

◆「水が世界を支配する」(スティーブン ソロモン P17)

水には歴史を変える大きな力がある。ある社会が水資源を以前より管理しやすいものに、多く利用できるものに、飲むのに適したものに、あるいは航行しやすいものに改良するとき、その社会は単に水による障害や制約を取り払うだけでなく、水に本来備わっている潜在力を解き放ち、それをさらに活用できるようになるのだ。

◆「水が世界を支配する」(スティーブン ソロモン P319)

水不足の時代は、水と人類史の大転換を余儀なくさせる。無限にある自然界の水を中央集権的な大規模インフラで取水し処理し分配するという旧パラダイムから、限りある資源を目的に応じて局所的に小規模に利用していくという新パラダイムの転換を。

◆「水が世界を支配する」(スティーブン ソロモン P442)

水の特別な性質として歴史から学ぶべきことがある。それは、水と人間性が、切っても切れない関係にあることだ。水は、生きるために必要なだけではなく、人としての尊厳を与えてくれる存在だ。
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2010年09月24日

水に関する至言・卓説集 第8選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第8弾。

今日は最近読んだ水や川に関わる本から紹介させて頂きます。

◆「水の知―自然と人と社会をめぐる14の視点」(沖大幹 P6)

国内外で、都市の水環境を再生し、豊かな水辺を取り戻そうという取組みは続いています。川が滅ぶのは暗渠化されたときではなく、近隣住民の関心が途絶えたときなのです。

◆「水の知―自然と人と社会をめぐる14の視点」(大熊孝 P32)

単目的に効率のいい近代的な技術には限界があり、人びとが地域に生活して、そこの自然環境との関係性の中で、ふるさとを実感し、誇りの持てる技術が望まれているということです。まず、この技術のあり方を理解しない限り、川と人との良好な関係性を回復することはできないのです。。

◆「水辺の多様性 (東アジア内海文化圏の景観史と環境)」(佐野静代 P98)

再生の目標を明らかにするためには、まずは水辺のトータルな環境変化に関する歴史的検証が不可欠である。したがって、水辺の保全・再生という現代的課題に際しても、歴史研究や地域研究の視点が必要とされているのである。。

◆「水に棲むものたちの物語」(内山りゅう P8)

近年になって日本の水環境は一変し、清らかな水は確実に、そして急速に失われつつある。我々は急激な変化には気づくが、緩やかな変化には気づきにくい。清らかな水が減りつつあることを、我々に伝えてくれるのがそこに棲む生き物たちなのだと私は思う。。

◆「台所を川は流れる-地下水脈の上に立つ針江集落」(小坂育子 P4)

水は単に生きていくために必要な量やその質を問題視するだけではなく、人と生き物が深くかかわりながら、暮らしの風景にいろどりとにぎわいを与えてくれます。。
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2010年05月30日

水に関する至言・卓説集 第7選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第7弾。

今日は最近読んだ川に関わる本から紹介させて頂きます。

◆「水が握る日本の食と農の未来」(谷山重孝 P146)

水は、ほかのもので代替ができず供給量が限られ、全ての生命にとって不可欠なものであり、市場原理にゆだねるわけにはいかない基本的財であると思う。

◆「日本の川―心に残る名風景」(佐藤秀明 P3)

日本が大きく変わっていく中で川の姿も引きずられるように変化して行った。圧倒的に良くなった多摩川のような川もあれば、死に急いでいる川もあるし既に死んでしまった川もある。それでも僕たち人間は川が大好きなのだ。川がそこにあるだけで心が安らぐ。

◆「「脱ダム」のゆくえ 川辺川ダムは問う」(嘉田由紀子 P149)

都市こそ自然が大事。子どもや若者の心が疲弊する時代には、心安まる川が欲しい。自然順応型、洪水織り込み型の社会がありうると考え、四十年たっても治水効果が上がらないダムは見直すべきだ。

◆「森と川―歴史を潤す自然の恵み」(池上俊一 P145)

「森と川」は、人間が日々の生活を送り、農村や都市における経済・社会を維持・発展させるのに必要な物質的な条件であるだけではない。それはまた、人々が自分たちを包む世界を想像したり、自己の内面を透視したりするための、心的な条件でもあるのである。

◆「水と文明―制御と共存の新たな視点」(秋道智彌 P7)

洪水にはプラスとマイナスの側面がある。洪水は上流から豊かな栄養塩を運び、肥沃な土壌をもたらす。洪水は湿地における農業に不可欠であり、一定の撹乱は生態系の再生にとっても重要であった。ただし、洪水はあらゆる財を破壊し、生命を奪う。(中略)洪水は天の恵みであるとともに、避けることのできない自然の威力であるとして、なすがままに諦める境地に立てば、人間が自然をねじ伏せてしまうことがいかにむなしいことであるか。
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2009年12月11日

水に関する至言・卓説集 第6選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第6弾。

今日は最近読んだ川に関わる本から紹介させて頂きます。

◆「川は生きている―自然と人間」(森下郁子 P208)

河川を考えるということは、つまりそこで生活する人たちの文化の質と価値観の問題なのである。

◆「日本の民俗〈2〉山と川」(湯川洋司 P2)

山から海へ至る水の流れに沿いながら一筋に結ばれた暮らしの連携こそが、日本の暮らしの原型となってきた。(中略)一筋の水の流れを水系といい、その流れのおよぶ地域を流域ということができるが、その具体的な表れは川にほかならない。だからまた日本は川の国だともいうことができよう。

◆「日本の民俗〈2〉山と川」(菅豊 P200)

水は、川という器に従うときには、用水であるとともに、魚を育て捕る場であったり、交通路であったり、動力源であったり、さらには遊び場であったりする。実に可変的で、多様な価値を、水はもっているのである。

◆「日本の民俗〈2〉山と川」(菅豊 P210)

人には「人柄」、土地には「土地柄」があるように、水にも「水柄」がある。その「水柄」は、人々の生活を規定し、そして、そこにはぐくまれる文化を創造し、さらに、そこで育まれてきた人々の性格にまでも影響を及ぼす。

◆「日本の民俗〈2〉山と川」(湯川洋司 P282)

川が流域の暮らしの質を映し出すものであるとすれば、水の質もまた同じように暮らしの質に応じて変化する。水を汚さず、水の流れも止めずに誰もが安全に利用できるようにするためには、一見遠回りのようだが、私たちの暮らしとその場を健やかにはぐくむことが何よりも大切で確実は方法になろう。

◆「里川の可能性―利水・治水・守水を共有する 」(沖大幹 P131)

結局、今後の川をどうしたいのか、の判定基準は、いかにすればわれわれの子孫にとって良い川を残せるか、にある。何が百年後、千年後に「良い」川なのか、行政だけに任せず、各人が知恵を寄せ合うことが大事なのである。
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2009年08月08日

水に関する至言・卓説集 第5選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第5弾。

今日は最近読んだ川に関わる本から紹介させて頂きます。

◆「新版 河川工学」(高橋裕 P275)

河川は、それぞれの地域の自然を構成する重要な要素であり、その地域の風土、文化を形成してきた歴史的所産である。地域の人々は、洪水、渇水の経験を重ね、河川との共生を磨きあげてきた。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(立本成文 Vii)

人間は生活するのに近くの水で十分であった。しかし、現代では、遠くから水を求めなければならず、遠くの水に依存しなければ生活できない。見える水もあれば見えない水もある。いろいろ形を変えて存在する水がアンバランスに分布することが地球環境問題を起こしているとも考えられる。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(佐藤洋一郎 P14)

人びとは、次の洪水がいつやってくるかを予測することができた。そして、洪水の時期が来ると、自らの生活のリズムをそれに合わせた。つまり洪水の「災い」を福に転じるために、洪水そのものを防止しようというのではなく、自分の生活のほうを洪水に合わせたのである。(中略)ダムを作るなどして治水を果たした「先進国」のやり方のほうが、自然を支配しようとして落とし穴に落ちたのではないかと私は思う。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(佐藤洋一郎 P29)

足元が水に親和的であれば、社会は多少の水を許容する。「地下鉄」や「パンプスの生活」は、わずかの水をも許容できない。だから、わずかばかりの洪水をも起こさせまいとする努力を社会として払うことになる。そのためのエネルギーが地球環境の悪化に拍車をかけているのではないだろうか。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(谷口真人 P136)

これからの地球環境問題としての水を考える上で、これまでのようにtoo much water (to control)やtoo little water (to survive)といた現在の水の空間分布のアンバランスによる問題だけを対象にしていては水問題の本質に迫れない。Too far water (to imagine)やtoo slow water (to recover)など、時間と空間をまたいだ水の循環を意識し、(中略)人工的な水循環と自然の水循環との折り合いをどのようにつけるかを議論していくことが重要になるであろう。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(谷口真人 P139)

水は、衣食住文化など、文化の一部として、人が持つ価値観と密接につながっている。つまり水循環は、「人間と自然との相互作用環」としての「環」そのものともいえる。
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2009年01月15日

水に関する至言・卓説集 第4選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第4弾。

今日は最近読んだ川に関わる本から紹介させて頂きます。

◆「川と生きる 長良川・揖斐川ものがたり」(久保田稔 P3)

川がある限り、必ずその川と先人たちとの物語がある。長良川や揖斐川のような大河ではなく、町中や農地を流れる小川でさえ、現代では想像もつかないほど、人びとの生活に大きく関わっていたということに、注意深くありたいと思う。

◆「水の未来 世界の川が干上がるとき 」(フレッド・ピアス P6)

川の運命ほど、この地球上に生きる私たちの次世紀へ向けた未来に大きく影響するものは無く、おそらくその影響力は地球温暖化のそれよりも大きい。

◆「21世紀の河川学」(芦田和男 Pi)

洪水に対する治水安全度は格段に高められ、水道が整備され、レバーを動かすだけで目的とする水を目的の量だけ得ることが出来るようになった。反面、自分が使っている水の源さえ分からない状況を作り出し、川に背をむけ、水を汚し、生き物の生息場に対して容易には回復できないほどのダメージを与えている。

◆「21世紀の河川学」(芦田和男 Pii)

河川には、直接的な水利用や産業的利用の他にも、豊かな景観の創成、水に親しむ文化の育成、それらを複合して観光資源として利用するなど様々な機能があるが、これはいずれも生態環境保全の前提に立って、人と自然が調和するようにしなければ、果たし得ない機能である。生物にとって安全な環境は人間にとっても安全であり豊かなのである。
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2007年10月15日

水に関する至言・卓説集 第3選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第3弾。

今日は「食を育む水」(疋田正博 編)の中から紹介させて頂きます。

◆(熊倉功夫 P3)

今、水が生活の中から失われて、水はかえって口から摂取する水に特化されて注目されるようになっている。いわくおいしい水、いわく安全な水、いわく体によい水・・・。<中略>情報化の中で、ますます水は選別され、われわれは知らず識らずのうちに裸の大様になってしまうのではないかと、それが不安である。

◆(小野芳朗 P36)

水を町中のストアで買う。しかも値段は水道水の2000倍である。2000倍と言う数字を知ってもなおコンビニで人々は水を買うだろうか。それは水道の安全神話崩壊の裏返しだろう。

◆(小野芳朗 P53)

それらの役割がすべて入れ替わっていくのは、近代水道ができ、水の流れが人々の目から消え、下水口に入って、やがて知らないところで川に流されていくシステムが出来てからである。<中略>河川などの表流水は繰り返し使われ、一部は都市の景観用水として愛でられている。それらは意味のあるものなのか。形は似ているが、機能や意味の異なる風景を私たちは見せられ、飲まされているのではないか。水辺は遠くなった。人々は水に疎くなったのである。

◆(関野吉晴 P82)

私のこころをつかんでいるのが「川」である。川をたどっていくことで、いろいろな水の問題がとてもよくみえてくるし、川と一緒に旅をすると、川もまた旅をするんだ、水も旅をするんだと実感する。川がいま大切な問題を私に教えてくれている。

◆(関野吉晴 P98)

いま、化石燃料の枯渇や地球温暖化の問題とも絡んで、エネルギーをめぐる論議が喧しい。だが私は首をかしげる。本当にそうなのかと。極端な話、石油が無くても人間は生きられる。自然エネルギーをもっと活用できるだろうし、生活の仕方を変えて対応することも可能だろう。しかし、もし水がなくなったら、生存そのものが脅かされるのだ。水が豊かといわれる日本では見え難いが、世界ではいま、水をめぐるきしみがさまざまに露呈している。

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2007年05月04日

水に関する至言・卓説集 第2選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第2弾。

今日は最近読んだ4冊の本から紹介させて頂きます。

◆「社会を映す川」(高橋裕 P31)

明治以来、日本の治水は西欧型文明の吸収と軌を一にして、モンスーン・アジア地域で始めて洪水を抑え込む果敢な技術で対処してきた。それは相当程度の成功を収めた。しかし、これからの地球温暖化と人口減少、それに伴う土地利用の変化が予想される日本に必要なことは、従来型治水の延長ではなく、日本社会がこれまで築いてきた自然共生型の土地・水利用を「土地と水の哲学」として21世紀型に再構築することである。

◆「水と世界遺産」(朱安新 P210)

近年、水の利用や管理をめぐる行政的対応・処理が制度的に確立してきたため、水の利用が便利になってきた一方、自分たちの手で管理できていた「近い水」が手の届かない「遠い水」となってしまっている。

◆「東京エコシティ 新たなる水の都市へ」(久野紀光 P146)

都市の水辺とて例に洩れず、河ならば護岸によって河道は規定され、海ならば干潟や浅瀬は次々と埋め立てられ、安定した”陸”とされた。こうして陸と水は明確に区分され、わが国にも技術に裏打ちされた機能的役割分担都市が完成した。ところが、いくら人間が日常の生活を陸に預けこれと水とを区別しようと試みても、自然の力はその境界をしばしば簡単に乗り越える。突破される度に技術でより強い境界を構築すれども、力でねじ伏せようと歪められた自然とのバランスはさらに強い突破力をもって人間の設定した境界の崩しにかかる。
渇水、集中豪雨、鉄砲水、増水、洪水、温暖化・・・・・・技術とのいたちごっこは、近代合理性の象徴たる明確な区分という自らが決めたルールが引き起こす悪循環以外のなにものでもない。そろそろ、そうした力技が引き起こす悪循環にしのぎを削ることはやめて、かかるエネルギーを違うベクトルに向けたほうがよほど楽になるのではないだろうか。

◆「人と水」(白幡洋三郎 P23)

池や川の岸は柵や防護フェンスで囲われ、堀や水路はフタで隠されて安全にはなったが、人の注意力を減退させ、ひいては人間の感覚、美意識をも鈍磨させた。水への観察力は近代の技術的進歩によって減退したように思える。

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2007年03月19日

水に関する至言・卓説集 第1選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第1弾。

今日は最近読んだ4冊の本から紹介させて頂きます。

◆「自然と共生した流域圏・都市の再生」(岸由二 P173)

現実の都市に暮らしていて、自然環境と共存する持続可能な地球社会をどう工夫していくかと言うことを、グラスルーツをベースに考えてみる。何が一番大きな障害かと言うと、そこに暮らしている人々、そこをいろいろな形で計画している行政、そこでいろいろな活動をしている企業、それぞれが自分たちの足元の地球という場所を自覚して、その場所の制約の中で生きているのだと言う意識をほとんど持っていないことかと思う。

◆「水問題の重要性に気づいていない日本人」(橋本淳司 P80)

人はみな自分のところに流れてくる水にはあれこれ気をつかうのに、自分のところから流れていってしまう水には無神経だ。家庭用浄水器をつける人は多いが、汚い水を流してはいけないと生活排水浄水器をつけた話は聞いたことが無い。

◆「知られざる水の「超」能力」(藤田紘一郎 P222)

水は暮らしに溶け込み、文化をかたちづくる。私たちの食、精神性、生き方までもが、水と深く結びついている。

◆「水の名前」(内山りゅう P173)

われわれ日本人は、古くから水のある風景を美しい言葉で表現してきた。「雨」という自然現象一つをとってみても、降る時期や量、降り方などでその呼び名が異なる。水が豊富であるということは、日本人ならではの自然観と感性を育み、美しい水の名前を生んできた。
posted by 和田 at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 水の至言・卓説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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