2009年08月08日

水に関する至言・卓説集 第5選

水や川に関わる書籍を読んでいると、「なるほど」と心打たれる言葉や論説に出会うことがあります。
そんな水に関する至言・卓説を紹介するシリーズの第5弾。

今日は最近読んだ川に関わる本から紹介させて頂きます。

◆「新版 河川工学」(高橋裕 P275)

河川は、それぞれの地域の自然を構成する重要な要素であり、その地域の風土、文化を形成してきた歴史的所産である。地域の人々は、洪水、渇水の経験を重ね、河川との共生を磨きあげてきた。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(立本成文 Vii)

人間は生活するのに近くの水で十分であった。しかし、現代では、遠くから水を求めなければならず、遠くの水に依存しなければ生活できない。見える水もあれば見えない水もある。いろいろ形を変えて存在する水がアンバランスに分布することが地球環境問題を起こしているとも考えられる。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(佐藤洋一郎 P14)

人びとは、次の洪水がいつやってくるかを予測することができた。そして、洪水の時期が来ると、自らの生活のリズムをそれに合わせた。つまり洪水の「災い」を福に転じるために、洪水そのものを防止しようというのではなく、自分の生活のほうを洪水に合わせたのである。(中略)ダムを作るなどして治水を果たした「先進国」のやり方のほうが、自然を支配しようとして落とし穴に落ちたのではないかと私は思う。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(佐藤洋一郎 P29)

足元が水に親和的であれば、社会は多少の水を許容する。「地下鉄」や「パンプスの生活」は、わずかの水をも許容できない。だから、わずかばかりの洪水をも起こさせまいとする努力を社会として払うことになる。そのためのエネルギーが地球環境の悪化に拍車をかけているのではないだろうか。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(谷口真人 P136)

これからの地球環境問題としての水を考える上で、これまでのようにtoo much water (to control)やtoo little water (to survive)といた現在の水の空間分布のアンバランスによる問題だけを対象にしていては水問題の本質に迫れない。Too far water (to imagine)やtoo slow water (to recover)など、時間と空間をまたいだ水の循環を意識し、(中略)人工的な水循環と自然の水循環との折り合いをどのようにつけるかを議論していくことが重要になるであろう。

◆「水と人の未来可能性 しのびよる水危機」(谷口真人 P139)

水は、衣食住文化など、文化の一部として、人が持つ価値観と密接につながっている。つまり水循環は、「人間と自然との相互作用環」としての「環」そのものともいえる。
posted by 和田 at 15:41| Comment(0) | 水の至言・卓説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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